偕老同穴

偕老同穴

 

偕老同穴という言葉をご存知でしょうか?
手元の『新明解国語辞典』によると「夫婦が仲良く長生きをし、死んでからも一緒に葬られること」とあります。
何とも仲睦まじい様子が思い浮かばれるのですが、この偕老同穴の名を冠した生物が居るのです。皆さんは一体どのような生物を想像するでしょうか?言葉の意味を考えるにおしどり夫婦みたいな雌雄がいつでも一緒という感じかなとも考えてしまうのですが……。
(因みに実際のおしどりは一冬で夫婦関係は解消してしまいます。結構さばさばとしているのです。)
この偕老同穴という生き物の中でペアになるのはまったく別種の生き物なのです。
それは海綿動物とエビという異色の組み合わせ。
本日はこのカイロウドウケツについて書きたいと思います。

海底に繊維で織り込んだような白い筒状のものが波に揺られていることがあります。
これが海綿の一種のカイロウドウケツで、その芸術的な造形にヴィーナスの花籠という別名もあるくらいです。
身体の構成要素は二酸化ケイ素で、ガラスの主成分でできています。
この中を覗き込むとそこにドウケツエビの姿を確認することがあります。このエビはカイロウドウケツの作る網目の大きさよりも大きいです。つまりこのエビ、外へ出ることはできません。
どうしてこのようなことが可能になったかというと、まだ自分の身体が小さかった頃に入り込んでしまうから。その後もこのカイロウドウケツの中で暮らし成長、最終的に入り込んだ穴よりも大きくなってしまうのです。餌は網目に引っかかった有機物を食べています。

しかしそれではこのエビどのようにして子孫を残すのか?
実はこのカイロウドウケツには二匹のドウケツエビが住んでいます。
小さなドウケツエビは雌雄がはっきり分かれていません、一緒に住んだドウケツエビは大きくなるにつれて雌雄に分化するので、一つの家に雄だけまたは雌だけというふうにはならないのです。
カイロウドウケツの中で2匹のドウケツエビが生涯を閉じるまで暮らす。
まさに「偕老同穴」というわけです。
カイロウドウケツはしっかりとした構造ですので、ドウケツエビを外敵から守ってくれるそうです。
この小さな隙間に最初に入り込んだのは偶然かもしれませんが、その過程の中で同じように隙間に入るパートナーがいて、そのつがいが生んだ子どもが今もその流れを汲んでいると考えると何だかロマンティックですね。

ただ細かいことを気にすると「偕老同穴」なのは中に住んでいるドウケツエビであって、カイロウドウケツという海綿生物ではないということですね。
言葉だけ見るとカイロウドウケツがつがいになって死ぬまで一緒に暮らしているかと思ったらそうではないのです。
そうするとカイロウドウケツはドウケツエビが「偕老同穴」に暮らすための洞穴の名称なのか……、ややこしいです。

生物の特徴を模倣して人間の生活を豊かにしようというバイオミミクリーの観点からみるとこのカイロウドウケツは何とも好奇心をそそるものだそうです。
というのも先ほど書きました通りカイロウドウケツの身体の構造は二酸化ケイ素でできています。二酸化ケイ素はさまざまな結晶構造を持つのですがその加工には高温条件が必要と考えられてきました。
ところがこのカイロウドウケツは海底にあり低温条件下でも平気でガラスの繊維を作っていたわけです。
しかもこのガラスの繊維が光ファイバーによく似た性質を表すことから、低温・低価格での光ファイバーの製造への可能性が秘められていると考えられるとか……。
生物が当たり前にやっていることの多くにはまだまだ人間の考えの及ばない可能性が詰まっているようです。

そういえば何気なく書きましたが、2匹のドウケツエビは一体どのようにして自分達の性別を分担しているのかも大きな謎ですよね。
身体の大きさとかで入ってから決めるのでしょうか?
そうはいっても誤って雄同士になって気まずく一生を終えるペアもいるのでしょうか?
興味は尽きません。