ナガヒラタムシ

ナガヒラタムシ


森の中で見かける細長い甲虫の中にナガヒラタムシというものがいます。
見た目ははさみのないカミキリムシ、色の地味なタマムシという感じでしょうか。
表面は固い外骨格に覆われ、縦の溝がでこぼことしています。
体長は手元の百科事典では1~30㎜内外とあります。

朽ち木などの樹皮下での暮らしを好みます。
餌への記載はありませんでしたが似た種類のヒラタムシ科は餌として菌類や腐朽した植物質を食べるものや、肉食性でほかの虫をとらえるとされています。

今回はこのナガヒラタムシを取り上げたいと思います。
とういのもこの虫50㎞先からでも火事現場にたどり着くという驚きの能力があると言われているのです。
昆虫というのはそもそも非常に繊細なセンサーを持っていることが多いのです。
例えばゴキブリの触覚は嗅覚器官としてのセンサーを多く持っています。
小さくても生きていくには、ほんのわずかな刺激も見逃さないことが必要だったのかもしれません。
ではこのナガヒラタムシどのようなセンサーを持っていたのか……?
それは高度な赤外線センサーだったのです。

何らかの原因で火が回ると特定の波長の赤外線が放出されます。
ナガヒラタムシの胸周りから脚のつけねにかけて小さなくぼみがあり、これがセンサーの働きをしています。
火事があることが分かると現場へ急行します。
彼らの目的は餌もそうですが、パートナー探しの方が大きな理由です。
小さな虫はいくら数が多くても出会いの回数は限られてしまいます、そのため様々な虫が鳴くことによって音を立ててみたり、フェロモンを撒いてパートナーを呼び寄せてみたり、派手な見ためで遠目にもわかるようにしたりと工夫が見られます。
その中でナガヒラタムシが選んだのは待ち合わせ場所を決めるという方法でした。
火事が起こればみんなやってくる、そこでパートナーに出会うという仕組みにしたのです。
簡単に言えばお見合いパーティー会場として火事場を利用しているという感じでしょうか。

火事場に集まるというのは実は非常に理にかなっているとも考えられます。
火事によって一度多くの生き物がその場所から出ていきます。
その空いた場所を狙って彼らはやってくるのです。
樹木の多くも火事で痛んで朽ち木となりナガヒラタムシにとってはいいこと尽くしです。
敵のいない、自分に適した環境で交尾し卵を植え付けます。
そしてまた別の場所へと去っていき偶然に任せてパートナーを探し、火事があると再び嬉々として集まってくるというわけです。
火事に集まる虫の一種にタマムシがいます。こちらは火事で発生する煙の成分に反応します。使うのは嗅覚をつかさどる触覚です。
木材の成分リグニンが不完全燃焼した際の成分を察知しているようです。

この不完全燃焼というのがミソです。
何故なら完全燃焼ともなると木材も跡形もなく炭になってしまい栄養がありません、それに完全燃焼中の木に不用意に集まると自分も焼けてしまいます。
ナガヒラタムシもおよそ3µm(マイクロメートル、1㎜の1000分の1を表す単位)の赤外線の波長だけに反応することが分かっているようです。
これは私の想像ですがこの選択的な反応は不完全燃焼の木に集まるためのシステムなのではないかと考えています。火が大きくても小さくても波長が変わってしまいますから、丁度いい火の付き方をした木にだけ集まれるというわけです。

火事は恐ろしいものですが虫の中には、この自然現象を心待ちにしているものいるというのも興味深いものです。
現在もこのナガヒラタムシのセンサーの仕組みを解明して、高感度の火災探知機を開発しようという研究が行われています。
人間としては実現化してほしい火災探知機ですが……、ナガヒラタムシにとっては面白くない話かもしれませんね。

最後に余談をひとつ。
昆虫学の中ではこのナガヒラタムシ、現存する鞘翅目(しょうしもく、甲虫目と同じ意味)のうちで起源がもっとも古いそうです。つまり甲虫の中の生きた化石のような位置にいると考えられているのですね。
2億5000年前というような気の遠くなるような化石にも似た姿が確認できるようです。
もしこれがナガヒラタムシの祖先であるなら、形はほとんど維持されていたわけです。
そうなってくると果たして昔からこの赤外線センサーを持っていたのか?
それとも後から獲得したものなのか?気になるところです……。

今日はこの辺で失礼いたします。