トゲナシトゲトゲ

トゲナシトゲトゲ

そんな名前の虫がいる。一見するとトゲがあるんだかないんだか判別がつきません。
そもそも見た目から名前が付けられた虫は多いのです。兜をかぶって見えるからカブトムシですしゴキブリも元々は御器かぶり(お皿にかぶりつく)と言う言葉が由来だそうです。
また一方で行動上の特徴から名付けられた虫もいます、例えばテントウムシなどが有名ですね。漢字で書くと天道虫となります。テントウムシを捕まえて手に這わすといつも上向きに歩いて行きます。そして指先までたどり着くと飛んで行ってしまうのです。このような動作が太陽に向かっていると思われたそうです。ついでながらテントウムシは英語でlady bugやlady birdと言われ聖書に出てくるマリアの虫とされているようです。天に向かう虫というイメージは世界共通のようです。

さて表題のトゲナシトゲトゲですがこれは見た目からつけられた名前です。
一体どうしてこんな名前になってしまったのかその過程を見ていきましょう。
そもそも最初に発見されたのはトゲのあるハムシの仲間でした。
ハムシは甲虫の一種で葉っぱを食べて暮らします。大きさや形態には幅があり多様な種類が確認されています。
ハムシは野菜の害虫としての知名度の方が高いかもしれませんね。
よく見かけるハムシは、色は違えど丸みを帯びていて光沢があるイメージですからトゲ付きのハムシは体も細長く一見全く別種の虫に見えてしまうほどです。
これが人呼んでトゲトゲ(トゲハムシとも)です。

その後、トゲがないトゲトゲの仲間が見つかります。それならもうハムシでいいのではないかとも思うのですがそういうわけにもいかないのです。というのも色や外見を見るに明らかにトゲトゲがトゲをなくしたというものだったからです。
以上のいきさつからトゲのないトゲトゲ、トゲナシトゲトゲの名前で呼ばれるようになります。
つまりトゲナシトゲトゲにはトゲはありません。
またネット上ではトゲアリトゲナシトゲトゲというような目を疑う名前が出てきました。
ここまで来るとまるで早口言葉です。
詳細を知るためにネットに上がっていた画像から池田清彦さんの『不思議な生き物——生命38億年の歴史と謎——』という本に行き当たりました。38億年の歴史に見られる生物の進化の工夫がこれでもかと見られて面白い内容でした。
その中の〈「トゲトゲ」はややこしい〉という話にトゲアリトゲナシトゲトゲが登場しています。口絵にはトゲアリトゲナシトゲトゲとしてベニモントゲホソヒラタハムシの写真が掲載されています。
とはいえ話の中ではトゲナシトゲトゲのトゲがあるものが見つかってしまった、これはトゲアリトゲナシトゲトゲということになると言っているだけなので皆がそう呼んでいるわけではなさそうでした。

さらに読んでみるとトゲトゲとトゲナシトゲトゲはどちらが最初の段階なのかが分からないそうで、見つかった順番が違ったらツルツルとトゲアリツルツルになっていたかもしれないと言う話が載っています。

それにしても何とも自由気ままな名前の付け方ですが。こんなことができるのも和名つまり地方名だからだそうです。
「日本の昆虫学会では、なるべく標準和名をつけようという意見もあるのだが、地方名には国際命名規約上の拘束性がないため、どんな名前をつけてもいいことになっている。」とあります。つまり愛好家の中での通り名も和名に入ってしまっているわけです。知名度の高いものもあれば小規模で用いられるものあるそうでややこしいですね。
さてそんなトゲナシトゲトゲですが、最近はホソヒラタハムシという名前も使用されているようです。
池田さんは無粋な名前としています。確かにトゲナシトゲトゲという名前だと「何それ」と興味をかきたてられますが、ホソヒラタハムシでは素通りしてしまいそうです。せっかくこんなに面白い名前なのですからぜひこのままにしておいてほしいものです。


一つに虫の名前をとってみても文化や歴史があるようです。
身の回りにあふれる生き物にこのような物語があると思うとなかなか面白いものです。
普段なら何気なく見過ごしてしまうような名前にもまだまだ秘密が隠されていそうですね。

今日はこの辺で失礼します。

参考文献
『不思議な生き物——生命38億年の歴史と謎——』、池田清彦角川学芸出版