チャタテムシ 微かな鳴き声

チャタテムシ

 

晩夏も過ぎた頃に、祖母の物置の整理をしているときに、段ボールの上を右往左往する1㎜にも満たない小さな虫の群れを見つけました。パッと見ただけでも100匹はいたのではないでしょうか。

段ボールの中には古い書籍や図鑑がたくさん入っていたため、さてはシロアリではと覗き込んでみたがどうにも違うかんじ。色は確かに白っぽいですが、シロアリ特有の色の濃い顔と黒っぽい顎が見当たりませんし、かなりサイズ的にも小さい……。

インターネットで適当に検索をかけていると「チャタテムシ」でした。

湿気を好みカビなどを食べているらしく、そう考えると本に生えたカビを掃除していてくれている良いやつのように思ってしまいますが、このチャタテムシを目当てにダニが発生することもあるようなので、やはり発生しないほうが良いようです。このようにならないよう保管状態は良くしておきたいものですね。

ちなみにシロアリは紙の成分を分解できるので本そのものを食べてしまいます。もし発生すると本や段ボール箱はかすかすの粉状になってしまいます。

 

せっかく遭遇したのでもう少し詳しく調べてみると思ったよりも面白いことが分かってきましたのでまとめておこうと思います。

●そもそもどうして名前が「チャタテムシ」なのか

チャタテムシは漢字で書くと茶立虫になり、お茶をたてる際の「さっ、さっ」という風に声がするということでこの名前になったようです。。

しかし、この1㎜程度の虫が頑張って鳴いたとして果たして聞こえるものなのでしょうか?

もしそうならよほど優れた発音器をもっているに違いないと思い、『家屋害虫辞典』(井上書院)でさらに詳しく調べてみました。

それによればチャタテムシの鳴き声は「蒸し暑い風のない静かな夜」に聞かれ、音は「サ・サ・サ・サ・サというような弱い連促音で断続的に出される」とあります。

しかしチャタテムシの鳴き声が聞かれるときは障子などの紙や薄い膜のようなものに発生した場合のみなんだそうです。障子が音を増幅して、人の耳にはいるわけなんですね。

 

チャタテムシの声の正体は?

さらにこの本によるとベアマンというイタリアの学者が、紙製の飼育ケージをこしらえ、観察したところ、コチャタテと呼ばれるチャタテムシの種類のメスが音を立てていたことを確認したようです。

その方法は腹部を紙に打ち付けるというものであったとし、筆者もこれが一番、信憑性が高いとしています。

また日本には発音器をもつスカシチャタテも生息しているようですが、やはりその小ささから発音器由来の音を人間が聞き取ることは困難なようです。そこでコチャタテと同じように体を打ち付けたり、顎で繊維を引っ張ったりして音を立てているのではないかと言われてるようですが詳しいことは不明だそうです。

 

●妖怪の正体見たり「チャタテムシ」?

日本には昔から誰もいないはずの部屋から音がするのは今も昔も怖かったと見えて、昔の人はその奇怪な現象を妖怪のせいということで一応安心していました。

その中に小豆洗いというものが居まして、小豆洗いは小豆が大好きで人の目をしのんでは小豆を洗っている妖怪で、誰もいないはずの場所から音がした際に「小豆洗いが出た」と言ったそうです。

この本にはチャタテムシが立てる音が妖怪化されたとしています。

チャタテムシは小さくとても音の正体に見えないため、小豆洗いが代わりに登場したのかもしれませんね。人間の想像力の可能性を感じさせます。

 

薄田泣菫(すすきだきゅうきん)の『茶立虫』

今回チャタテムシを調べるにあたって薄田泣菫という随筆家がずばり『茶立虫』という作品を書いているということで読んで見ました。

家で一人留守番をしていた泣菫がチャタテムシの鳴き声を耳にしたところから始まります。

そこにはチャタテムシの鳴き声が幻想的に書きだされています。その部分を書き出しておきます。

 

「 「と、と、と、と、と、……」

  美しい銀瓶のなかで、真珠のやうな小粒の湯の玉が一つ一つ爆ぜ割れるのを思わせるような響きです。間違はうやうもない、茶立虫の声です。

 

「 何という微かな響きでせう。「沈黙」そのものよりも、もつと静かで、もつと寂しいのはその声です。「静寂」そのものが、自分の寂しさに堪へられないで、そっと口の中で呟いたやうなのはその声です、女の涙、青白い月光の滴り、香ぐはしい花と花との私語。——そういつたもののなかで、茶立虫の声ほど、静かで寂しみのあるものは、またと外にはありますまい。

 

こういう文章を見ると是が非でも聞きたくなってきます。

 

障子のある家も少なくなってきた気がします、時代の流れと共にチャタテムシの鳴き声

も小豆洗いも消えていってしまうことを考えると、少し悲しい気持ちになります。

時代の流れに思いを馳せて感慨にふける、こんな気分の時にきっとチャタテムシの鳴き

は似合うのでしょうね。

 

 

それでは今回はこれにて失礼します。