青空文庫読書日記② 感想『桜の樹の下には』梶井基次郎

青空文庫読書日記② 感想『桜の樹の下には梶井基次郎

本日は梶井基次郎の『桜の樹の下には』を読んだ感想です。高校の教科書で『檸檬』を見て以来大変気になっていた作者でした。丸善の地味な配色の画集達の中で燦然と輝く檸檬、しかもそれが爆発するぞ、という妄想的な主人公の精神の高ぶりが妙に頭に残っています。梶井基次郎という作者は荒唐無稽な世界を非常に印象的な、それでいて短く頭に残りやすい言葉で表現するので、妙に説得力があります。個性的で一度見たら忘れられないキノコや生き物の写真を見た時と同じような感覚がします。Hydnellum peckii(一応Wikipediaのリンクを貼っておきますが生理的に無理という方もいるので注意。小さい虫がたくさん集まっているのが苦手な方にはおすすめできません)とかベニテングダケシュモクザメあんな感じの生き物の写真を見て、そんなにしげしげと見たわけでもないのにふとした時に思い出すような強烈さがあります。

 

作者について

大阪生まれの小説家です。第三高等学校在籍時に既に肺結核を患っており31歳で亡くなるまで闘病生活を送った。東京帝国大学英文学科に入学するも病気が悪化し、大学三年生で自宅療養となり大学は除籍。病気と向き合いながら数々の作品を残しました。

 

あらすじ

桜の美しさの理由がついに分かったという男が「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という印象的な冒頭から始まる奇妙で幻想的な持論を展開するお話。

 

気に入った表現

「いったいどんな樹の花でも、いわゆる真っ盛りという状態に達すると、あたりの空気の中へ一種神秘的な雰囲気を撒き散らすものだ。それは、よく廻った独楽が完全な静止に澄むように、また、音楽の上手な演奏がきまってなにかの幻想を伴うように、灼熱した生殖の幻覚させるごこうのようなものだ。それは人の心を撲たずにはおかない、不思議な、生き生きとした、美しさだ。」

「馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐乱して蛆が湧き、堪らなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚(あつ)めて、その液体を吸っている。

何があんな花弁を作り、何があんな蕊(しべ)を作っているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶のような根が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆくのが見えるようだ。」

「俺には惨劇が必要なんだ。その平衡があって、はじめて俺の心象は明確になって来る。俺の心は悪鬼のように憂鬱に渇いている。俺の心には憂鬱が完成するときにばかり、俺の心は和んでくる。」

 

感想

 Amazonのサイトで見ると6ページしかない作品なんですが非常に濃い内容になっています。この主人公は美しいものを見たら、まずそこには美しいだけの理由がなくてはいけないと考えるわけです。ここまでは納得がいくのですが、さらに彼は美しさを成立させるには相応の醜さが無ければならぬと考えているようで、これは興味深いと思います。独楽の表現が出るのですが、あれも左右の回転は同じでないと、まっすぐ回転することはできませんから、左右どちらでもいいですが均等に美しさと醜さがないといけないという例えとリンクしている気がします。人々は桜の美しさにしか目をやらないで納得しているが、主人公はまず桜の奥に隠された醜さを経由しないと美しさを素直に受け取れないのです。

 この作品最後は「今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑めそうな気がする。」と締めくくられるのですが、この醜さを吟味するまで権利すらなかったという部分も気になります。自分は幸福を素直に受け取ってはいけない、こんなに良いものが来るのにはそれなりの悪い理由があるはずだというような猜疑心や自身の無さが見え隠れしているように思いました。

 桜の樹の下にそんなものがあるわけないと思いつつ、思わず想像してしまうような幻想的で気持ちの悪い世界が魅力的でありました。

 

まとめ

 感想は以上です。この作品は青空文庫、およびAmazonにてダウンロードし無料で利用できます。Amazonでの利用にはkindleのソフトおよびアプリ(どちらも無料)の事前ダウンロードが必要となりますのでご注意ください。

 

 参考URL:

   https://ja.wikipedia.org/wiki/Hydnellum_peckii

   https://www.amazon.co.jp/s?k=%E6%A1%9C%E3%81%AE%E6%A8%B9%E3%81%AE%E4%B8%8B&__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&ref=nb_sb_noss_1