『生命科学者たちのむこうみずな日常と華麗なる研究』(仲野徹)を読みました。
『生命科学者たちのむこうみずな日常と華麗なる研究』仲野徹、河出文庫
自らも大学の教授、研究者であり、無類の伝記好きと言う著者が生命科学者を中心に18人をセレクトした解説書です。
章は4つに分かれていて、「第一章 波乱万丈に生きる」では野口英世、クレイグ・ベンダー、アルバート・セント=ジェルジ、ルドルフ・ウィルヒョウ。「第二章 多才に生きる」ではジョン・ハンター、トーマス・ヤング、森鴎外、シーモア・ベンザ―。「第三章 ストイックに生きる」ではアレンキス・カレル、オズワルド・エイブリー、サルバドール・E・ルリア、ロザリンド・フランクリン・吉田富三。「第四章 あるがままに生きる」ではリタ・レーヴィ=モンタルチーニ、マックス・デルブリュック、フランソワ・ジャコブ、ジャン・ドーセ、北里柴三郎が紹介されています。
いずれも教科書で紹介されていたり、数字や症例に名前が残っている人たちです。とはいえ教科書や学術書には成果だけが書いてあるだけで、その発見にどれだけのドラマがあったかなんてことは普通書いてありません。最低限の情報として誰が?何を?とあり、それがどのような意味をもつのかさえ分かれば良いからです。
しかし、その世界を変えるような発見をしたのも一人の人間だったわけです、そこには本人の努力や交友関係があり、とんでもない間違いもあり、失意のどん底にあったかと思えば、時には神様が微笑んだと思わず行ってしまいそうな幸運などが複雑に絡み合って実験を思わぬ方向へ運んでいくことになります。科学を芸術のようにして、一人の人間という視点から見直すと想像以上に面白いということを気づかせてくれる一冊でした。
とくに自らが凄腕の外科医で、血管縫合手術や贈位移植、組織培養を推進したカレルが、人生で二度も科学では証明できない奇跡を目の当たりにして答えに窮したという話や、細胞病理学の父と言われるウィルヒョウがシュリーマンと遺跡発掘に出かけていたり、ビスマルクの政敵あったりと驚くような話がたくさん載っていて非常に楽しく読み進めました。
一人の人間の目線で見ると、様々な分野の学問の世界を見渡すことになると言うのも見どころであるのではないでしょうか。特に第二章で紹介されているトーマス・ヤングは、ヤング-ヘルムホルツの光の三原色や、光の波動説の証明をし、歪みと応力の比例定数にその名を残している人で、ここだけ見ても生理学や物理学に秀でた人物であることが分かるのです。しかし驚くことにエジプトの古代文字であるヒエログリフの解明に対しても一枚かんでいたというのですから興味深いです。
眼の仕組みを知ることから、光とはそもそも何なのか、眼が物を見るときに眼球はどのような挙動をするか(ヤングはレンズの形が変わることでピントを合わせていると考え、実際に証明をした)というのは一連のプロセスであるように思えます、しかしヒエログリフは異質でヤングの守備範囲の広さはいかばかりであったのかと思います。ひょっとしたら彼の頭の中ではすべて繋がっていたのかもしれません。こういう多彩な人物を著者の仲野さんは「polymath」と表現し「いくつもの領域に通じた人」と説明されています。仲野さんの評価ではヤングは「いろいろなことをてんでばらばらに行っただけで、自分の中で何かを融合するような方向には進まなかった」とありますが、ヤング自身はつながりを意識してやっていたような気がしています。ただそれを説明する必要性を特に感じていなかっただけではないのかと想像を巡らせてみるのもこういった本の楽しみです。科学者を見るということは、既に確定された定理を見るのとは違い、多くの解釈が許されているわけで、その分間違いも多いですが自由で寛容な世界なのですから。
それぞれの発見の裏側にあるドラマを垣間見れる良作でした。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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