頭木弘樹さんの『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ 文豪の名言対決』——名言を比較する愉しみかたもある

 名言集には色々な種類があるけれども、ゲーテカフカを並べてみるという試みは意外でした。

 けれども頷けます。というのもこの二人、非常に対照的で並べると実際面白い。

 カフカの代表作は突飛な世界設定と展開が非常に魅力的で、主人公が突然虫になってしまう『変身』やたどり着けない城に雇われた男の話『城』、突然いわれのない罪に問われた男の話『審判』など、他の作家の追随を許さない独特な話が多いです。

 ゲーテの代表作は『ファウスト』、『若きウェルテルの悩み』などでロマン主義的な色合いが強く、生きる活力がみなぎっているような印象。

極端に言えばカフカが暗い話なのに対しゲーテは底抜けに明るいことが多いのです。

 

 この本ではそんな両者の名言をテーマごとにまとめてある。さらに面白いのはこれが対になって並べられている点でして……、

 

 例えば、「対話1 前向き×後ろ向き」では、

ゲーテ 2}良いことが待っている

希望をうしなってしまったときにこそ、良いことが待っているものだよ。

に対して

 

カフカ 2}真っ黒な波が待っている

ぼくがどの方角に向きを変えても、真っ黒な波が打ち寄せてくる

 

が配置されるというこういう配置なのです。

 ゲーテの諦めるなという強いメッセージを見た後の、カフカの絶望的なつぶやきは際立って見えます。

 各名言の後にはこの編訳をした頭木弘樹氏の解説がつきます。

 

 続いていくつか印象的な対決をご紹介しておきます、

 

「対話2 強さ×弱さ」

ゲーテ 7}大地に足を

大地にしっかりと立って、まわりを見渡すのだ。

力のある者には、世界が語りかける。

 

カフカ 7}大地がない

ぼくの足の下に、たしかな大地はありません。

はっきりとはしないまま、ぼくはとても怖れていました。

自分が地面からどれだけ浮き上がってしまっているのか、ぜんぜんわからなかったのです。

 

 危うくなったら足場を見ろとゲーテ

 そもそも足場がないとカフカ

 

「対話9 恋を楽しむ×恋に苦しむ」

ゲーテ 38}愛されて自信がつく

あの人がわたしを愛している!

——そのときから、

わたしは自分自身に、

どれほど価値を感じられるようになったことか。

 

カフカ 38}愛されても虫

なんと言っても、

あなたもやはりひとりの若い娘なのですから、

望んでいるのは、

ひとりの男であって、

足元の一匹の弱い虫ではないはずです。

 

 好きな女性を思って書いた文章のはずが真逆の展開に、

 彼女がいるから強くなれるゲーテ

 彼女がいると自分のちっぽけさが際立つカフカ

 

 さらに対話13ではゲーテカフカの共通点として「ゲーテカフカ」を対話14では「ゲーテの絶望×カフカの希望」という単なる対決に終わらないところも楽しみのひとつです。

 

 ちなみに好対照な二人の共通点は意外と多いらしく、

 本書によれば……

父方は元々低い身分であったが裕福な家庭に生まれた、父親との不和、父の要請で法学を修めるも本人は文学を志望、画家への希望、お気に入りの妹の存在、職業は役人、朗読が好き、原稿をよく焼く、未完の作品が多い、自殺を考えるも思いとどまる、恋愛のたびに名作を書いたと多数。

 一方で対照的な面として例えば……

壮健、恋愛に積極的、多食なゲーテ

痩身、恋愛に悲観的、小食なカフカと続きます。

 

 人間は生きている以上様々な問題にぶつかるわけですが、

 そんな時、人一倍の感覚で言葉を残した作家の名言は励ましや慰めになってくれるはず。

 特にカフカの名言は、名言集は明るく啓発的なものと考えている人が見ると目からうろこ間違いなしです。

 

 ゲーテで見るかカフカで見るか、個別の名言集としても比較するにしても2度おいしい名言集でした。

 

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